地方に住む人にこれだけは言わせてほしい - 東京の「人のつながり」もかなり凄いんだぜ?
こんばんは、私です。
本日2個めですが、ちょっとこのテーマも書いてみたいとおもったので書きます。
僕がいろんな地方におじゃまさせて頂いていて、よく現地の方に言われるのが「地方には人と人とのつながりがある。マンションの隣の人も知らないような東京とは違うんだ」みたいなことなんですが、 僕はこれを聞くたびに凄く違和感というか、いやいやそうじゃなくね!?と感じています。
特に地方に住んでいらっしゃる方にそれを知っていただきたく、筆をとることとしました。
異なるのはつながりのあるなしではなくて、性質の違い
結論だけ話せば人と人とのつながり、要するに「コミュニティ」は、東京にないわけではなくて、地方とは違う形で形成されているだけです。結果的に少し見えにくかったりするところもありますが、東京にもコミュニティはちゃんとあるし、むしろ東京のほうが優れた側面もあります。
東京のコミュニティは目的別
集まってくる人の水準が高い、コミュニティは淘汰される
東京の大きなパイから、興味をベースに「主体的に」集まってくるので、当然その水準は高くなります。エンジニアだったら優秀なエンジニアが集まりやすいし、ご飯を食べるという目的であつまったとしても、意識の高い人が集まりやすくなります。コミュニティは淘汰されていくのでコンテンツはどんどん良いものになっていきますし、それを元にさらに優秀な人材が集まってきます。
もう少しいうと、どんだけニッチな興味でもコミュニティがつくれるというメリットもあったりします。
敷居が高い
一方で、ある程度主体的にコミュニティに参加していく必要があるので当然少し敷居が高くなります。 それ故に、参加する主体性を持てなかったり興味の対象が限定されている場合、コミュニティを形成出来なかったり非常に小さいコミュニティの中で生活をしていかねばならないという視点もあります。
地方においては、あらゆるコミュニティが地域コミュニティとイコール
地方はその逆ですね。
だれでもすでに参加しているし、多目的に使える、影響力も大きい
地方のコミュニティはある意味地方そのものがコミュニティなので、だれでもすでに参加しているところがあります。
また、地域の有力者がほとんどいたりするので多目的に使えたり、影響力も大きいというメリットもあります。
押し付けがましいし、一つ一つも研ぎ澄まされてない
一方で、若干押し付けがましいところもあり、自分が興味のないことにも参加しないといけないといったデメリットもあるほか、競争が起きないので一つ一つのレベルも高くありません。
東京で1分間ピッチをやってぐだぐだになることはそんなにありませんが、 地方で同じことをやるとまともに終えられる人のほうが少ないです。
これから地方に流れてくる優秀な人材に伝えるメッセージとしては逆効果かもなんです!
一番いいたいのはこれかもしれません。
これから地方に来てくれる優秀な人材に「地方には人と人とのつながりがあるよ!」と安易にいってしまうと、響かないばかりか「あぁ、この人達は周りのことが見えていないのかな」みたいなネガティブな印象を与えかねないと僕は思います。
なぜなら、東京の優秀な人材に関して言えば、ほぼ100%といっていいほど東京で「たくさんの」コミュニティに参加しています。それは領域的に特化しているものから、問題について老若男女問わず考えていくもの、単純に趣味をベースに集まるものから様々ですが、本当にほぼ100%コミュニティの形成には問題を感じていません。
どちらかというと、僕たちは「地方にいたとして東京にいたころと同じ水準のコミュニティを維持できるだろうか?」という不安をもって地方を訪問しにいきます。インターネットやSNSの普及によってようやく可能性が整ってきて、「もしかしたら出来るかも!?」というフェーズです。
そこに、言い方は悪いですが古い二元論なコミュニティ論を持ちだされると、なんとなくげんなりしちゃうし、不安が大きくなるなって思います。実際僕はそういうところで不安になった部分がありました。
これから大事なのは、地方のコミュニティを「強調」することではなく、地方と都市のコミュニティを「協調」させていくことだと僕は思います。
なんとなく、上手く言ってやった感のあるところで終わっておきますw