右脳系エンジニアのブログ

エンジニアとしての生き方のプロトタイピング、新しい社会のプロトタイプづくりをしています。

南相馬の関係人口を作りたかったけどどうしたらいいかわからなかったので元同僚たちに助けを求めた話

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この記事の要約

  • 南相馬市は、いろいろあって地域の課題にかかわってもらえる「関係人口」を求めています。
  • 「お試しハウスと体験プログラム」という形で、事業を整えて市役所と民間で動き出しました。
  • でも実際にはどうやって関わりをつないでいけば良いかが全然わからなかったので、ターゲットになるだろう元同僚の人たちに相談に乗ってもらうことにしました。
  • 相談したらそれ自体が関係人口をつくりだすきっかけになったので、これは良い知見になりそうなので経緯まとめました。

震災から7年たった南相馬市の今

南相馬市では、震災後7年立つものの、人口減少による人材不足や高齢化に悩んでいます。 特に小高区を中心とする旧避難指示区域では住民帰還率が20%程度にとどまっており、課題が噴出しています。

南相馬市ではおおよそ20年先に来るだろうと思われていた人口動態であり、 小高区だけでみれば、先々の予想もしていなかった過疎化が一気に進んでしまった状況。

地域の人達の力だけではこの社会課題を乗り切ることは難しいことから、これまでも外部の復興支援などで多くの協力を頂いていましたが、 まだまだ地域の未来を見通せる状況にはないのが正直な感想です。

f:id:Morilin:20180709210900j:plain 小高駅前から撮った写真。この駅前の一等地ですら、帰還率は40%程度なのだ。

一方的な支援から、Win-Winの関係にシフトしたい

一方で課題が個別化していき、命題が「即時的な復旧と支援」から「持続と事業化」に移り変わっていく中で、 徐々に支援という形での協力が難しくなってきています。

しかし、まちを持続化していくためにはこれからの取組みこそが重要であり、これもやはり地域の住民だけでは難しい状況にあります。 そういった状況に、新しい形でかかわりをもってもらう手段として「関係人口」に着目しています。

お試しハウスを中心とした、関係人口施策

これまでも移住促進という形で南相馬とのかかわりを作ってきましたが、どちらかというと雇用拡大等の目的が中心であり、 地域の社会課題に取り組むものではあありませんでした。 しかしながら、地域の社会課題に取り組むことはしばしば事業の段階になっておらず、その不安定な取り組みに関わりながら、移住・生活してくれとはいい辛いし、そこに飛び込める人は極めて少数です。

「移住しないで地域の課題に関わってもらう」ための方法として「関係人口」に着目しました。

f:id:Morilin:20180626110209j:plain 僕らのはじめた「Odaka Micro Stand Bar」も、1年半でかなり地域の人に受け入れられるようになってきたがまだ採算ベースには乗り切っていない

関係人口とは?

総務省の定義を借りると

「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる者。 地方圏は、人口減少・高齢化により地域づくりの担い手不足という課題に直面しているところ、地域によっては若者を中心に、変化を生み出す人材が地域に入り始めており、「関係人口」と呼ばれる地域外の人材が地域づくりの担い手となることが期待できる。 としています。大小いろんな関わり方がありますが、何かしらの形で地域や地域の人々と多様に関わる人のことですね。月1できてくれてる人もそうだし、Skypeで相談に乗ってくれる人も関係人口といえます。

南相馬市では「地域の課題にかかわってくれる」関係人口を増大させたいと考えています。

お試しハウスと体験プログラム

そこで、市役所の方で2018年度よりはじめた施策の1つが「お試しハウス」と「体験プログラム」です。

お試しハウスとは、地域の課題に関わってもらう体験プログラムに参加してもらうことを条件に、最大1ヶ月まで無償で宿泊できる民家を提供しますよ、というものです。

南相馬市お試しハウスはじめます - 南相馬市

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外観はこんな感じ。いわゆる普通の民家ですが中はきれいです。

2017年2月ごろより整備がはじまり、モニター宿泊を経て5月より本年度の事業がスタートしています。 弊社「一般社団法人オムスビ」は、ふるさと回帰センターから管理運営部分の業務委託を受ける形でこの事業に関わることにしました。

かかわりを増やす方法がわからないので、相談にのってもらうことにした。

今回の事業をはじめていくにあたって、このような会話のやり取りをしました。

市役所「お試しハウスのハード面は整備できたので、そろそろ体験プログラムもやっていきましょう」

森山「やっていきましょう。それで、体験プログラムってたとえばどういうイメージですか?

市「正直そこがまだ具体化していないんですよね

森「そもそも体験プログラムあったところでいきなり来てもらえるイメージもないですしね。東京でイベントやるとか、なにかワンクッションが必要そう

市「東京で移住イベントみたいなのやってもあまり人が来ないんだよね。前のイベントもほとんど人が来なくて・・・」

森「うーん、課題を解決にかかわるみたいなことがテーマなら、たぶん僕の前職の同僚の人たちが想定ターゲットになってくると思うんです。   どういうイベントなら参加しやすいかとか、そもそも南相馬にどういう関わり方をしてもらえそうかとか、お試しハウスの活用方法とか含めて相談してみる会をひらいてみたらどうでしょうか?まずはそれを最初のとっかかりにして

市「それやってみましょう」

※決して軽いノリでOKが出たわけではなく、市役所の方々も宮城県女川町の事例山元町の事例ヒアリングする中で東京でなにかきっかけになる取り組みが必要だろうということを感じていましたため、こういう話がスムーズにすすみました。

7/6 南相馬とのかかわりを考える会@勉強カフェ池袋

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予定をあわせ、7月6日に開催。南相馬から私ふくめて3名、東京の元同僚が3名、杉並区役所で働く職員1名と、職員南相馬市からの派遣職員の2名 の計9名に参加していただきました。

正直、書記に必死になってたのと若干あたまが興奮してたので細かい部分を覚えていないのですが、思い出しながら要点をまとめます。

南相馬市に関わる強い理由

一連の概要や課題感を説明したあとに、「そもそも南相馬市って特産品とか名物ないの?」という話がでてきました。

f:id:Morilin:20180709183012j:plain SWOT分析などをしながら、地域のあるものやチャンスを整理しつつ、話をすすめていく参加者

さすがに「自治体」ともなると、出そうと思えばいくらでも出せるのですが、それで出したからといってすぐ何かがわかるわけではない。。。

どうしようかと思っていたところ、参加者の高橋さんから「なにより南相馬市に関わる強い理由が必要ですよね。たとえば『田舎暮らしがしたい』なんてできるところなんてどこにもある。南相馬じゃないとできないことはなにかってことが大事じゃないか」という話が出ました。

続いて「そういう意味で、南相馬が非常に興味深いと思うのは地域の課題を先取りしている点。この地域で起きることは20年か30年後に日本中の地域で起きること。この地域の課題を解決することが、日本や世界の課題の解決に間違いなくつながっていく。そういう視点をアピールできればよいのではないか」というご意見

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説明をしながらろくろを回す高橋さん。高橋さんは最近前職を退職し、今はフリーランスの人事系コンサルタントに。育休男子.jpという活動もしています。

僕も何度か市役所の方にはこういう話をしてきたつもりでしたが、 このような強いメッセージを自治体として発信していくことはなかなか勇気がいるものです。

この言葉を改めて外部の方からきいたことで、市役所の方々からも「そういう見せ方で良いんだ」というような腹落ち感が得られていたように思います。 言葉では言われたけど腹落ちしない、みたいなことってよくあるんですよね。

適切なメッセージを、しっかり発信できているか

見せ方の方向性が見えてきた中で、今度は具体の話に。

元同僚で今はベビーシッターのCtoCサービス「キッズライン」に務める小門さんから

南相馬ってそういう発信ってやってるんですか?SEOとかちゃんとやるだけで全然違う気がする

という意見。 ぶっちゃけ超弱いんですよね!「南相馬」で検索したら確かに色々でてくるけど、たぶん思い描いているターゲットは「南相馬」なんて検索しないわけです。

極端な話、「関係人口」とか「地域 かかわりたい」とかそういうキーワードで検索したときに一番上に出てくるくらいにしたいよねという話も。

今回、発信すべきメッセージの方向性はなんとなく見えてきたので、返ったらWEBサイトのメッセージのブラッシュアップとSEO頑張ろうという流れに。

f:id:Morilin:20180709201717j:plain パソコンに目をやる小門氏。話に飽きてネットサーフィンをしていたわけではなく、南相馬のWEBの発信状況について調べていた。できる女子。

また、その中で地域の課題を可視化するのも大事だよね、という話も出てきました。 イメージとして「モンハンのクエストボードみたいなもの」があって、それを地域の内外の人がみて参加したり、集まったり、報酬を受け取るような形も面白いのではというアイデアも。

地域の課題がしっかりインターネット上でわかるだけでもかなりコミュニケーションがとりやすくなりそうだという意見もでました。

まずは足元から

この話に至るまでの流れを作ってくれたのは、おそらくW社時代一番仕事外で付き合いの深かった竹井くん。

会の終盤にWEBの話で盛り上がっているところに、「WEBなどをやっていくのもいいが、まずはこの関係性をしっかりつくっていくことが大事なんじゃないか」と、 しっかり足元をつくっていくべきだと提案してくれました。

f:id:Morilin:20180709203027j:plain 開始からほぼ議論の流れをつくってくれた竹井くん。実はスマートニュース社のエンジニアとして働いてるが、お子さんの教育環境を考えて地方への移住も考えてるとか。おいでませ南相馬

また、「なによりこういう会に参加できること自体が、南相馬にかかわる第一歩。今回も、なにか地域に関われないかと思っていたところにたまたま友人(森山)が南相馬にいて声をかけてくれたから参加できたが、そうでなければ難しい。こういう会自体を定期的にやっても良いのでは?」とも。

そういってもらえるのめちゃくちゃありがてぇよ

正直、今回あまりにふわっとした議題すぎて、開催したもののぐだぐだになったらどうしようとか、ぐだぐだにはならなかったけど参加してくれた人にはあまりメリットがない会になってしまったらとか、すごい心配をしていたのです。

心配になりすぎてせめてモノで満足してもらおうと思って大量のお土産を買い込んだのは内緒

「かかわりたい」とか「今後も継続してほしい」というような意見をもらえたことが、一番の成果だったかもしれません。

冷静に考えたまとめ

自分が結構レアケースだったので忘れがちなのですが「知り合いが誰も関わってないようなところに、関わろうと思う人はあんまりいない」ですよね。そういう意味で関係人口を求めるために、僕の元々の知り合いに助けを求めたのは正解だったように思います。

自分がやっていることはすごく重要で、かつ面白いことでもあると思っているので、まずは見知った相手に共感・巻き込まれてもらえるように引き続きこのような発信やかかわりをもってもらう活動をしっかりしていきたいと思いました。

また、今回の話の流れであまり触れられてなかったのですが、市役所メンバーがすごく良い刺激を感じてくれていたように思います。地域の状況とかデータにずっと向き合っているが故に、外部の発想や考え方を取り入れる機会がすくなくなりがちなのが、公務員の常。「すごい頭を使ったー」といっていました。逆に同僚メンバーは「市役所の人たちが思ってたのと違ってすごく前向きで前のめりだ」ということにすごく好感をもってくれたようでした。

f:id:Morilin:20180709183022j:plain その結果なぞの団結感に包まれて池袋の繁華街のど真ん中で撮影。撮りましょうか?といってくださった通行人に「あえてこの自撮り感がいいんです」と意味不明な発言を繰り返す森山でした

半ば勢いで開催してみた会合ですが、みなさん「圧倒的当事者意識」をもって参加してくださってありがとうございました!

f:id:Morilin:20180706210721j:plain そして二次会へ。このあとも熱い議論が交わされました。皆さんまた付き合ってくださいね

廃炉は手段。手を取り合う関係にしたい。

話の内容

2018/03/18 AFW・三菱総研主催の、廃炉へのコミュニケーションを考える座談会に参加してきた内容と、その振り返りです。

2018/03/19追記 ※主催は経済産業省資源エネルギー庁で、開催がAFW・三菱総研さんとのことでした。

僕がこの話を書く目的

地域住民と東電サイドの人たちがちょっとでも手を取り合って復興に向かっていく関係をつくりたい。

そのために、どこが問題になっているのか整理しながら、具体的な方策についてくっそアイデアレベルですが提示してみたいと思います。

注意事項

便宜上、今回の座談会で廃炉の取り組みと説明を進める側にある「東電・NDF・経産省らへんの人たち」のことを「東電サイド」、 地域にいる人、いた人を地域住民と呼びます。

座談会の性質上、主催者以外の個人名や組織名は出せません。ゆえに「東電サイド」や「地域住民」とぼかしています。 また「東電サイド」というのはあくまでこの場で見えている方々の議論に基づいており、大本営の意向や意志とは異なる可能性があります。

前提:圧倒的埋まらない溝

地域住民の東電サイドに対する気持ち
  • 「本当に議論する気があるのか」
  • 「しゃべってる言語が違う」
  • 「認識ずれすぎ」
  • 「言っても変わらないので諦めている」
東電サイドの地域住民に対する気持ち
  • 「マイナスのイメージの中、住民に話を聞いてもらえるのか」
  • 「たくさんの時間とリソースを割いて説明しているが不安・不満が解消されていかない」
  • 「どんなことを説明すれば不安を解消してもらえるのかわからない」

結論:お互い話すのがとても辛い

※冒頭にAFWの吉川さんから「なんとなくお互いに話すのが不安な気持ちがあるよね」といっていましたが、のちのちこういうことなのだとわかってきました。

逆にいうと、私は最初「え?そんな不安?別に国の人と話すとか大丈夫だけどなー」とかのほほんと構えていました。 こういうバックグラウンド合ってのことですよね。ごめんなさい。

なぜ「本当に議論する気あるのか」と言われてしまうのか?

おきている現象

Q.復興はどうやって進めていくんですか?

A.廃炉は安全安心してもらえるように進めていきます。

ちょっと単純化しすぎかもしれませんが、こういうやり取りになっている気がしました。 質問にまともに回答が返ってこない、というような状況が生まれてしまっている。

住民の目線から読み解く

地域の住民にとって関心があるのは、廃炉という「手段」というよりは、

「この地域でどうやって豊かに生活していくか」

「元通り(にできるだけ近い)暮らしが送れるか」

ということじゃないかと思っています。

それは単純に放射能のリスクに対する不安だけではなく、仕事への不安・家族がバラバラになってしまったことへの不満、 未来への見通しが立たないことへの不安感など、沢山の問題を抱えています。

そのために、廃炉だったり、復興拠点だったり、賠償金だったり、なんだったり・・・いろいろあるわけなのですが、 その全体を踏まえた上での「見解と方策」が聞きたいのに、東電サイドからは一向に「廃炉に向けて進めてます」「安全・安心してもらえるように進めていきます」みたいな回答がかえってきちゃう。

後輩がこんな的を得ない回答を返してくるだけで多少はいらっとするので、地域をこの状況にした原因の東電サイドからこんなふうに返ってきてしまった日には怒りがこみあげてしまうのは想像に難くありません。

東電サイドの気持ちから読み解く

※何度も言いますがここの「東電サイド」は「東電サイドの立場から関わっている、今回の座談会に来てくださった個人」を意味しています。

一方、東電・政府サイドの方は「起こしてしまった被害を少しでも0に近づけたい。そのために不安を取り除きたい」という気持ちを強くお持ちでした。

こんな強い気持ちを持った方がどうして「議論にならない」やり取りをしてしまうのか、話をすすめていく上で見えてきたことがあります。

紋切り型の回答の裏にあるもの

今回話をする中で東電サイドの方が話しはじめたときに「この度は多大なご迷惑・ご心配・ご不安をおかけし・・・」という言葉ではじまるくだりがありました。

地域住民の方は、この言葉を聞いたら地域住民の人は「あ、また来たなー」と思いませんか? あまりにもききすぎて「あー、また形式張った話がはじまるのか。うんざり」という気持ちになってしまうかも正直おられると思います。

今回、僕もそういった点がきになったので指摘したところ、「どうしてもそれが立場上の形式的なものに聞こえてしまう。マニュアルでは?」という議論がおこりました。

しかし、その人から出てきた言葉は「そんなマニュアルなんてありません。そのように言われてしまうのは正直にいってちょっとショックでした・・・」という言葉でした。

絶対に嘘は言っていないだろうリアクションで、本当に悲しそうな顔をさせてしまいました。 軽はずみで「マニュアル」なんて表現を使ってしまい、すみませんでした。

でも、なんでこんなに「1Fの廃炉がらみのことで話に来る人」は見事に同じような言葉になってしまうのだろう・・・? もっといろんな言い方や思いがあってもいいのでは?という疑問は、正直に伝える必要があったと思うのです。

東電サイドの人達で、前にでてくるような人たちは本当にすげー申し訳ないと思ってる。

今回の座談会、東電サイドの方も「休日返上」の「有志」で臨んできてくださっている方々でした。

少なくとも僕らの目の前にいる「東電サイド」の人たちは、今回の事態を 自分たちの問題でこんな被害を及ぼしてしまい、本当に申し訳ないし、だからこそそれをなんとかして取り除かねばならない、という使命感に燃えている方々です。

だからこそ、マイナスをつくってしまった責任を、なんとかそのマイナスをゼロに近づけることによって解消しないと・・・!みたいな強い気持ちになっている。

だからこそ「この度は多大な・・・」と「廃炉の取り組みを住民に理解し、不安を解消してもらえるように努力する」がセットになってしまったのだと理解しました。

この「マイナスをゼロに近づける」という使命感が、それ故の視野狭窄をもたらしているのでは?ということを感じました。 「何を差し置いても、生み出したマイナスをゼロに近づけることが最優先」という思いがゆえに、地域住民の本質的な願いと離れてしまう結果を招いていると感じたということでもあります。

「やり方はなんでもいいから元の水準に近づけたい」とか「どんな方法でも未来を地域を残していく道筋を立てたい」 (でも道筋が見えない不安や絶望感から東電サイドに辛くあたってしまう)地域住民と

責任感が強すぎるゆえに放射能汚染によって生まれたマイナスをゼロにする」という手段で頭の中がめいっぱいになってしまっている東電サイドの人たち

という構図が見えてきました。

お互いに「復興のために重要だと思うことをやっている」けど、それがずれていた

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要は、お互いに一生懸命考えたいと思っていたのに、なんとなく「お互い話きいてくれねーな」みたいな気持ちになってしまった部分があるのではと感じました。 復興について考えていることの違い、役割認識の違い、立場の違い。そういった違いをお互いに理解できないまま、溝を埋められないまま至ったのが今日の状況なのかも・・・と。

「また形だけのガス抜きか」みたいな思い込みも邪魔してしまってるのかも

繰り返しになりますが、逆に地域住民も東電の方が「この度は・・・」と話すたびに「またガス抜きか」という思い込みをもって接してしまっていたということに気付かされました。

逆に言うとそれだけ肩透かしを食らった側面も多かった・・・というのは事実だと思いますが、目の前で話している「個人」と接するときにも無意識に「東電サイドの人間」というレッテル貼りをしてしまっている可能性がないかは振り返る必要があると気づきました。自分も知らずしらずのうちにそういう判断をしてしまっていたことは大いに反省すべきです。

「手を握れる関係」をつくっていきたい気持ち

少なくとも今回「あ、コイツポーズで来てんな」みたいな人はおらず「ちょっとでも前に進めたい」という人たちばかりだったと思います。

そういう人たちと、不理解が理由で対立することは浪費でしかないはずなんですよね。 少ないリソースでがんばろうといっている地域なんだから、もうちょっと手をとり合って進めたら素敵なのにな、という思いがあります。

地域住民のことを東電も一緒にやる。東電がしたいことを住民も一緒にやる、みたいなしかけがあってもいいのでは?

「歩み寄ろう」みたいなことを言うのは簡単なのですが、それをどうやって仕組みに落としていくか、というのは考えねばならないことです。

大本営は置いといて、今回来てくれた人たちと、僕たちみたいな地域のプレイヤーで「お互いにやってみたいことを話す会」みたいなの、 やってみるのはどうかなぁと思いました。

僕も、なんだかんだいってついつい手弁当でやってしまうので常に金欠(笑)という問題があって、いろんな形での支援や協力が得られるなら お願いしたいなと言う気持ちがあるし、逆に、東電サイドで「こういうことを伝えたいんだけど」という話をしてもらえたら、地域住民にどうやったら うまくつたわっていくかみたいな話をできたり、むしろ僕らのコーヒー屋が情報屋としてチャンネルを担うことだって、可能性としてはあってもいいのではと思いました。※

そんな話が進んでいけば、地域住民が取り組んでいる復興のための活動に1メンバーとして関わってくださる東電サイドの方がいたり、 逆に東電サイドがすすめていきたい活動に地域の人達が密接に関わっていたりして、少しずつお互いの距離が縮まっていく・・・ みたいな世界線もあるんじゃないか。できることならそういうふうにしていきたいって思いませんか?

まとめ:AFW吉川さんのやってきたことの価値と複雑な感情

※AFWは福島原発の現状を伝えることや原発の関係者と地域住民をつないでいくことを通じて、 地域住民と東電が地域の次世代をつないでいく活動をやっている団体です。(と私は解釈しています) 今回、話を聞いていく中、震災後たくさんの「伝わらない」「わからない」「憎い」「辛い」・・・すごくたくさんの思い、いろんな感情があって、 そういう気持ちの中でお互いの関係が複雑になってしまった部分があるのかなと感じました。

吉川さんが震災後こうやって活動されてきたことは、複雑な関係を少しずつでもほぐし、前に進めてきたという点において価値があったのでは そして、それが進んできたからこそ、僕みたいなヨソモノがヅカヅカ踏み込んだ議論をしても、対立にならないような関係になってきているのでは と思います。

今回の座談会ですが、僕は良くも悪くも震災後よそから入ってきた人間なので、東電への恨みはない一方、 これは国難なので「みんなで一緒に考えたら良いんちゃうの?」みたいなサクッとした気持ちでいました。 逆に言うと、単純にそういうふうになれない、精神的溝も大きかったんだろうなぁということを、感じざるを得ませんでした。

「東電」「原発」というキーワードは未だデリケートで、簡単に「前を向く」とか「対立じゃなくて協働」みたいな事を言っても、できるものではない。

でも、少しずつでもいいから、その気持ちをほぐして、未来に向けていく努力を、今のわたしたちの世代が怠ってはならないのだ、と感じています。

ヨソモノである自分の役割

そのあたりの精神的わだかまりがない自分だからこそ、立場上互いに言いづらいことを言ってしまうことや、 「たぶんお互いこんな気持なんじゃないですか?」と代弁しつつ翻訳する、みたいなことができるのかなぁとも思っています。

(最後のほう、白熱して自分の言いたいことを言いたいだけ言ってしまいましたが・・・・)

ヨソモノだからこそ出来る「手を取り合う」関係づくりもあるのかな。引き続き考えたいと思います。

編集後記:「住民に十分伝わったか」みたいな砂漠に水をまくKPIは不幸にしかならない。

東電サイドの方の話をきいていると

「住民の方に十分に説明がいきとどき、理解が得られたこと」とか

「それによって不安が解消されたこと」を

この取り組みのKPIにされているように感じました。

自分に置き換えてみたらゾッとするんですけど、これ、めちゃくちゃしんどくないですか?

  • 頭っから危険な前提で、何をいっても絶対に安心なんてし得ない人
  • 地元をめちゃくちゃにされてしまったという負の感情が大きく、話が進められない人 は絶対にいますし、しかも声が大きくなりがち。こういう相手も含めて「理解してもらえた」という結論を得るのは困難、というか達成不可能なKPIです。

この状況に対して「なんとかして伝えていこう」という気持ちでこれまでやってきてくれたのだと思うと、圧倒的敬意を表せざるを得ない。 普通心折れるよこんなん。それでもやり続ける使命感というか責任感の強さというか。そういう面を地域住民ももっと評価しないといけないのかなと感じました。

「東電サイドの有志で頑張ってる人を褒めるだけの会」開きたい。

【起業して2年】期待に応えようとしすぎて自爆してはいけない

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起業して2年がたった。

2016年は自分にとってとても厳しい年であったが、たくさんの学びが結果として得られたのだ、と思うために、自分を振り返ることにした。

結果として、「期待に応えようとしすぎて自爆する1年」だった、というのが現状の結論だ。

価値創造にコミットしすぎると爆発する

ビジネスの対価を得る=顧客に価値をもたらす の図式を頭にもっておくことは重要

「価値を出せていないからお金をもらってはいけない」の呪縛

ただ、2年目の僕はこの考え方にはまりすぎた。

「価値を出せていないからお金をもらってはいけない」の呪縛にとらわれてしまったのだ。

私は、次第にこんな考え方にとらわれすぎて、仕事を受けるようになってしまった。

  • ホームページを運用したところでこの顧客にはあまりメリットが少ないのだから、運用費用をとったら悪いなぁ・・・
  • このシステムを3年でペイさせるなら、このくらいの金額でやらないと・・・
  • この分野はまだ得意じゃないから、ためしにやってみて結果がでたら次の仕事でお金を貰おう・・・

こうすると、どんどん工数あたりの単価が低い仕事を受けてしまうことになる。工数単価が低いと、 顧客にプラスαで何か提案したり、一工夫して期待値を上回る仕事をするのが難しくなる。 そうすると、事業を成り立たせるためにまた細かい仕事を受けて・・・とどんどん負のループに陥っていったのだった。

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顧客が生み出す価値のことまで考え始めると、負の循環に陥る。みんな気をつけような

最終的に価値を出せるかは顧客の責任である

他責NGはすばらしいことだが、顧客の事業にまで他責NGの精神を持って行き過ぎると、危険になる。 なにより自分の事業の責任が疎かになる。

こんなことをいうとやや投げやりなのだが、 「その事業をやるかきめるのも」 「その金額で発注するのも」 「その事業がその金額でメリットを出せるか判断するのも」 全部「顧客」というのがまごうことなき真理なのだ

だから、自分は要求された仕事に対して、予算目一杯の仕事をするか、出された仕事に対して、きちんとした対価を提示していただくか、 しないといけない。

冷静になってみれば当たり前のことなのだが、渦中にはまっていると、まるで冷静でない中、気づくのに時間がかかってしまった。

コミットしたいなら、きちんとしたビジネスモデルと対価を

とはいえやっぱり価値のでないと自分が考えてしまう、納得しきれないものを提供してお金をもらっているのは、とても気持ちが悪い。

だからこそ、そういったことをなくしきちんと価値創出までコミットするためには、 きちんとしたビジネスモデルが必要なのだ、と思う。そして、それをできるビジネスモデルは、それなりの対価が発生するモデルでもある。

便利なものを安くすると爆発する

私は、この街においては、割と有用性が高い。コンピュータやデザイン、企画ができて話がぱっとちゃちゃっといい感じにしておくのは、私の得意分野だと思っている。

当然、そういう人材はなかなかいないので、いろんなところから、期待され、いろいろなお願いをされるのだ。

  • ちょっとパソコンの調子がわるいので、見てほしい
  • ○○の事業について考えているんだけど、相談に乗ってほしい
  • この資料をつくってみたのだけど、いまいちまとまらないのでアドバイスしてほしい
  • ○○のセミナーでちょっと1時間ほどしゃべってほしい
  • ○○の活動について、取材させてほしい

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こういうのを、顔出したついでなんで~とかいってロハに近い値段でうけたりと、時間を使ってしまっていた。

先に待ち受けているのは、信用してくれている人の信用Ptの消費

こんなふうに、いろんなところにちょこちょこ顔をだしては、よろず屋よろしくで解決していくということを 続けていたら、当然ながら仕事が溢れた。

結果として、どうなるかというと、自分を信頼してくれる人から待たせることになる。 「ちゃんとやっているってわかっているから、待つよ」といってくれる人を待たせてしまうことになる。 どんどんクイックレスポンスができなくなり、信用ptをどんどん消費していく。

こんな沼にはまっては行けないのだ。

便利なものは高い

世の中、便利なものは高い。

すぐにとどくAmazonお急ぎ便はプラスの料金かプライム会員にならねばならないし、 快適に処理ができるスペックの高いPCは高くなるし、早く移動できる新幹線は鈍行列車より高いのだ。

これから、沈まないため、沈んだ時に脱するための戦略づくり

私はこの1年くらい、この沼にハマっていることに薄々気づきながら、たぶんすごくもがいた。 じゃばじゃば動けば動くほどずぶずぶハマっていく沼に、焦ったりもがいたり落ち込んだり苦しんだりしながら、 なんとか沈まないようにやってきた。

結果的に、ここ数週間でなんとなく沼を抜け出せそうな兆候が見えたので 振り返りがてらまとめてみた。 これから、この状況をうまくだっして、経営者として一皮むけるために戦略を立てていくことにする。

もし、これをみて、「あー、そういえば森山こんなんだったな」ってなった方は今年はもう少し上手くやるので これからも応援してください。おねがいします。

無事抜け出せたら、処方箋編を書きたいと思う。

最低賃金の上昇で、低所得層の暮らし向きは豊かになるか

最低賃金を24円上昇させる方向で調整、というニュースが報道されました。

www.komei.or.jp

最低賃金が上昇することは、嬉しいことですが、同時に消費税の上昇や物価の上昇で、コンビニなんかにいくと、なんかえらく食品高くなったなーという印象でした。PCも高いし、まったく暮らし向きなんて楽にナッテネーンジャネーノ?

ということで、調べてみました。

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統計局ホームページ/消費者物価指数(CPI)

から、中項目を適当に間引きました。そこに一定の恣意性が加味される可能性は織り込んでください。

データの見方

増税前の2013年7月と2016年7月の物価上昇率を並べてみました。赤線が今回のニュースが発表されるまでの最低賃金(764=>798円)の上昇率で、緑の線が今回上がった最低賃金(822円)を加味した上昇率です。 左のメモリは2013年7月を1とした基準なので、真ん中より上のものは物価が上昇していて、真ん中より下のものは物価が下がっています。

赤線を超えているモノが、最低賃金で働く人にとっては以前より手に入れづらくなっているもの、下回っているものが以前よりは楽に手に入るようになったものです。

これが、今回の発表によって、緑の線まで押し上げられます。

データから分かること

物価上昇率が高いのは家事雑貨・身の回り品(歯ブラシとかなのかな?)・食料ということでいかにも必需品といった具合。

その後に交通、たばこ、外食など、低所得の人ほど消費額のウェイトが多くなりそうなものが並んでいます。

光熱水費や家賃などは全体としては少し下がっているみたいです。ホントカヨー。

結論としては、現状、たぶん低所得者の暮らし向きは厳しくなってそう。

今回、時給に切り替えた02年度以降最大の上げ幅ということで、これがそのまま策定され、物価の上昇も緩やかに進んでくれれば、TOP3位以外の物価上昇は賃金上昇を下回ることになります。

必需品ほど高くなっている物価上昇をコントロールしてほしい

アベノミクスについて語るほどの舌をもっていないため、それについて語りませんが、 今回データを調べて分かったのは必需品と思われる食品・身の回り品の上昇率がかなり高くなっていることです(これは皆さん自身の感覚としてもそうだと思います。)

政府には低所得者の暮らし向きがあまり改善されていない現状をしっかり見つめ、何か対策を考えて欲しいなぁ、という小市民の意見でした。

ポケモンGoは世間の話題をさらったけど僕らが期待したようなものでもなかったと思う

ポケモンGoを悪くいうとどこからか「出だしがすごすぎただけで今でも十分」とかいう人がわいてきて、なんだか悪くいってはいけない空気になっているのは、逆に不健全な気がするので俺はいいたいことをいってやる。

なんだろう。「アイデアというのは複数の問題を一気に解決してしまうようなものである」という考え方が強く浸透した任天堂が生み出したポケモン、その名前を冠したゲームであるからには、ポケモンGoもそうであるに違いない、といった期待感が大きすぎた。

ポケモンGoに求めていたのは、「ここに行けばこんなポケモンがいるかもしれない!」という探検心をくすぐるところとか、ポケモンを戦わせて強くなったら、また手に入るポケモンがふえる、みたいな成長要素とか。 ARで現実世界にポケモンの世界が融合した!みたいなワクワク感だった気がする。

あるいは、ゲームだけにとどまらない、現実のマーケティングや地域振興に影響を与えることで、これまでとは違う人の流れを生み出すことだったと思う。

現実には、ポケモンは人がたくさんいるところにわいてきて山や海を探索する意味なんてほとんどなかったし、レベルを上げるには最寄りのポケストップでルアーモジュールを巻いてるのが一番の近道だし、ARモードなんてもはやだれも起動してないよね?

f:id:Morilin:20160825195206p:plain こんな感じで私の家の周りにはなにもないわけだが

山海くらいのざっくりした分類はあるみたいだけど、人が寄り付かないところにいるポケモンとか、逆に人がたくさんいるところにいるポケモンとか、探索しがいが欲しかった。私の家の近くはどこを歩いても虫、鳥、鼠とイーブイ。田舎なのでこんなもんだろうと思いつつ、Lv10を過ぎたくらいから少しずつ水ポケモンなども出てきたが、別に彼らが出てくる必然性を感じなかった。

ポケモンでは戦いを挑んでくるトレーナーが、新しいポケモンの存在と、もしかしら近辺にいるのでは?というヒントを提供してくれたが、そういうものもなく、ただひたすらに起動しておくしかない。情報交換?周りにプレイヤーいねぇよ?

世界規模で公開するゲームだから地域の特性を生かすのは難しかったにしても、もう少し場所によって色を感じられる仕様だったらよかったなぁと。山でも市街地でも出てくるポケモン一緒だもん。鳥、鼠、虫。

もう何だったら福島原発の近くに遺伝子改造で生まれたミュウツーとか出てきたら最高にロックだったと思う。

なにより、都会との格差を感じた時点で激萎えしたし、ジムなんてもはや一部の廃人のものだから中位層以下にはシステムとして機能してない。田舎者には辛い仕様である。

最近、地方格差を解消する方向で動くというニュースが発表されたが、はっきりいって「本来もっとも重要な要素として考慮されるべき土地・場所の違い」を想定していなかった、という時点でポケモンGoにそこまで話題にするほどの価値を見出せないと感じている。田舎民にはすでに十分、非情なまでの都市部との格差を見せつけられた。だいたい俺たちよっぽどじゃないと生活圏で歩かないんだから、卵なんて孵化できるわけないじゃん。

ポケモンGoをきっかけに地方でも何かできるかな、という期待感があっただけに、非常に残念である。

「しまう」日本の文化

今日、建物の取り壊しが進む小高にて、こんな話を聞いた。

「○○さん、建物これから壊すっていうのに障子張り替えているんだって」 「これって、俺達はなんとなく理解できるけど、外国人にはきっと理解されない感覚だよなぁ」

私も、なんとなく理解できる。自分はやらないが。

日本人はものを片付けることを「しまう」とか「始末する」とかいうけど 「終わらせる」ということは「片付ける」と似たような感覚なのかもしれない、とふと思った。

終わらせるからこそ、キレイに始末する。

んー。親に「ほったらたかし」と呼ばれる私には似合わないね。

教育の壁

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教育の壁とでも言うのだろうか。最近ぶち当たっている。

実践に向かっていくフェーズの人材育成で、壁にぶち当たる。

web制作講座をやらせてもらっているが、好奇心の壁を越えられない。教えてあげられても、彼らの好奇心が進み出すところまで勧めきれないもどかしさを感じている。どうするのが、良いのだろう。